皇祖皇太神宮の祭事について

皇祖皇太神宮はわが国最古の神宮でありますので、他にない古式神事がそのまま残されています。

とくに三年か五年に一度行われる鎮火祭(ひわたり)、毎年の大祭で奉納される探湯祭(くがたち)、毎月の月次祭や各種祭典で行われる鳴動祭(かまなり)はこの神宮の三大神事であります。

これらの神事は一般の伝承とは大いに異なるものでありますので今回はそのいわれを簡単にご紹介します。

まず鎮火祭は、一般には伊佐奈美命(いざなみのみこと)が加具土神(かぐつちのかみ)をお産みになり夜見国へ引篭られるときの教えによって後代宮城の四方で年二回行われる(ホシヅメマツリという)火難防除のお祭りとされていますが、これはヒワタリをしません。

また火渡りも教派神道の一部や修験道阿蘇神社などで松薪でおこなわれますが、神宮では木炭そのものが使われます。

そしてそのいわれにも仁仁岐尊に一度妊娠を疑われた木花咲夜姫が天津神の子であることを照明するために産屋に火をかけられた-というのではなく神宮秘史ではつぎのように伝えられています。

天仁仁杵天皇大神(あめににぎすめらみことおおかみ)の御代「天皇詔シテ皇后木花佐久夜姫命産宮(うぼのみや)八尺四角の宮、全部カヤ造り、エンの下三尺二寸、全部ケシゴスミオツメその中真座定メ賜テ火中ニテ御安産二柱皇子産ム、皇后自身両手に二柱皇子を抱キテ火中宮より出(い)で達手(たつて)、天皇大神御前捧奉天皇喜ビ詔賜フ二柱皇族子火明命(ほあかりのみこと)後改火火出見命(ほほでみのみこと) 火須勢理命(ほすせりのみこと)御名付給イ-(後略)

また深湯祭は、一般には応神天皇の御代弟の讒言(ざんげん)を受けた竹内宿禰が磯城川の浜で探湯して勝ったとか、天皇の御代多くのものが姓氏を詐争したのでその白黒をつけるため探湯させたとか、単に熱湯の中に手を入れ神裁(さばき)をうける神事のようにいわれていますが、神宮の探湯祭は熱湯を笹束でかぶり、舞いちらすものですし、鳴動祭も吉備津神社でおこなっているような鳴動の有無で吉凶を占するという単純なものでなく、神宮では男釜(おがま)、女釜(めがま)に必ず降神賜りそれぞれ公事と私事の諸願を祈念するものであります。

秘史では「角織天皇大神(つのぐいすめらみことおおかみ)自身祭主(中略)大神宮大前、御食造(みけつくり)御鳴動祭主、皇子角織草木根主命(つのぐいくさきねのしみこと) 阿曽女豊穀姫命(あそめとよこくひめのみこと) 豊穀繁姫命(とよこくしげひめのみこと)探湯祭主皇子大海川姫命(おおうみかわひめのみこと)鎮火祭主皇子野山倉頭男命(のやまくらかしらおのみこと)(中略)鎮火祭上下五色人万億大難禍除、禍敵全滅亡、諸病平癒、身体健康、長寿安産、安全子養祭ル、探湯祭諸々生霊死霊万害窓敵引マキクシザシテ抜イ禍難ヲ滅亡、家地神殿八方清メ上下和合安泰平安祭、御鳴動祭、諸々願成就ス、五穀成就、大長億吉事兆兆勝倍神力添和合立身無窮、家運長久神助天然神力添守祭(後略)

鳴動祭(めいどうさい)

動画『秘録・皇祖皇太神宮』より

深湯祭(くがたちさい)

動画『秘録・皇祖皇太神宮』より

御神刀祓い

動画『秘録・皇祖皇太神宮』より

鎮火祭(ちんかさい)

動画『秘録・皇祖皇太神宮』より